女性不妊症と漢方薬


 一般に特に避妊をせず排卵日前後に夫婦生活を普通に行なっていれば、三年以内に約90%の方は妊娠をするといわれています。従って避妊をしていないのに二年以上たっても妊娠をみないご夫婦の場合、不妊症とみなされ治療の対象になります。漢方薬を用いた女性不妊症の治療はとても有効で、西洋医学的療法に勝る分野の一つといって良いと思いますが、漢方の適応にならないケースもありますのでまず病院での検査をおすすめします。

 不妊症は夫婦間の問題ですから、当然男性に主な原因がある場合と女性に原因がある場合のふた通りが考えられます。昔からイメージ的に女性側に問題があると思われがちですが当然そんなことはなく、実際には確率的にもほぼ半々といったところですので、(男女両方に原因がある事もありますが)まずは夫婦そろっての検査をすることが大切です。男女どちらに主な原因があるのか判らなければ当然治療も難しくなります。どちらにせよ夫婦そろって問題に取り組む事が非常に大切になります。このページでは女性の不妊症を記載しています。男性不妊症はこちらです

 
【女性不妊症】
 女性側に不妊の原因がある場合、子宮内膜炎、多嚢胞卵巣、子宮筋腫、卵巣腫瘍、子宮発育不全など様々な疾患が関与している事が少なくありません。これらの疾患は、みな漢方薬での治療の対象になります。ただしこのような疾患の中には、卵子が運ばれる経路(卵管)が閉塞をおこしていることがあります。卵管が物理的に詰って排卵できないような症例は、漢方薬で治療するのには向いていませんので、まず手術などの処置を含め西洋医学的療法を優先すべきです。この判別は病院で診察を受けないと診断できません。従って不妊の方はまず病院で検査してみる事が重要です。その結果手術などの外科的治療の対象となればそれを受ける必要があります。内服薬で治療していくケースと診断されれば、大半は漢方薬も使えると考えて良いでしょう。
 たとえば、排卵障害の原因の一つに多嚢胞卵巣(PCO)症候群があります。この病気は卵子を包む嚢胞が必要以上に肥厚し、卵子が成熟してもそれを取り巻く嚢胞が破れず、排卵がおこりにくくなる状態で、女性不妊の原因のかなりの割合を占める病気です。多嚢胞卵巣という病名がつかないまでも、不妊症の女性にはこのような傾向が強く、排卵がおこりにくい場合が多いといえます。悪性の病気ではありませんが、なかなか排卵誘発剤が反応しないケースもあります。
 漢方では、多嚢胞卵巣は卵巣に『お血・おけつ』が原因で汚れがこびりつきおこる、と考えています。従って、漢方薬は『お血』を治す処方がよく使われます。また子宮内膜炎、子宮筋腫など他の婦人病の多くも漢方的には『お血』が関与していると考えますので、同じように『お血』を治す処方が使われます。これらの漢方薬は排卵誘発剤などとの併用も可能ですので、このような診断を受けている方は一度試してみるとよいでしょう。(詳しくは後半参照)
またこれらの疾患を罹患していると、一部の方は生理痛や生理不順など何らかの自覚症状が出ている事が多いですが、漢方薬は不妊と同時に原因となる疾患の治療もおこなうので、症状も改善し体調も整えられ、妊娠に耐えうる体力が養えます。こういう点も漢方の長所と言えます。

 一方不妊の原因がハッキリわからないケースや、ホルモンバランスが崩れている為妊娠しにくいケース、受精しても着宋しにくく早期流産してしまうケース等は、漢方薬がとりわけ得意とする症例です。ぜひ漢方を試されると良いと思います。(ここでは解説しませんが、流産防止やつわりの治療にも漢方薬はとても良いものがあります)
  
 女性不妊症は西洋医学的治療を行なう場合、この疾患の性質上主にホルモン剤等を使いますが、人によってはこれらの薬が体質に合わずに、体調の大きく崩れてしまうタイプの方がいます。このような人では、妊娠以前に副作用で身体がまいってしまい治療を続けられなかったり、もし懐妊に成功しても、その後の長い妊娠期間に耐えるだけの体力が不足して大変な思いをする事にもなりかねません。このような方にも漢方薬なら安心して服用できるものがお選びできます。
 もちろんホルモン剤等の西洋医学的医薬品と漢方薬を併用する事もできます。西洋医学的医薬品単独での使用より、漢方併用例の方が治療成績が良いという多くの研究発表がされています。
 
 晩婚化が進む昨今、不妊症はとりわけ女性側には、タイムリミットのある疾患と考えなくてはならないでしょう。良い方法は積極的に取り入れ試すべきです。いろいろな治療の選択肢の一つとして漢方薬もとても有効な方法といえます。お悩みの方は一度漢方療法も試してみて下さい。今までの治療でなかなか良い結果に結びつかなかった方から、妊娠のお知らせを受ける時に、私も大きな喜びとやりがいを感じます。後半には、具体的な漢方薬の処方を解説します。
  
   
【女性不妊症と漢方薬】
 女性不妊症の方は、漢方の診断ではその体質によっていくつかに分類され、漢方薬を使い分けます。大まかに分けると体力の有る無しなどを目安に、実証・中間証・虚証(じっしょう・ちゅうかんしょう・きょしょう)に分け、処方を使い分けます。これとは別に、不妊症の場合、血(けつ)という漢方の概念に問題がある、と考えられるケースが多く、この視点での分類も併行して行ないます。多くの場合不妊症ではお血おけつ、おの字はPCで漢字変換できません)という血(けつ)の流れが滞っている状態や、血虚けっきょ)という血(けつ)の絶対量が足りない状態が良く見受けられます。この血(けつ)という漢方用語は、いわゆる血液とイコールではなく、もっと広範囲なものを含む概念ですが、ここでは体全体に流れ、臓器や器官に栄養素を与えるもの、という理解で十分です。つまりは血液と同じような働きのものということでも構いません。また機会をみて別に解説したいと思います。
ストレスなどが影響して、生理が乱れている例などでは、特にお血がその一因となっているケースが多いものです。
  
 不妊症では他の疾患と違い、きわだった自覚症状が無い事も多いので、ちょっとした身体の信号などから処方を決めていきます。
 実証タイプでは比較的体力があり、冷えるよりものぼせる事が多く顔色は赤味を帯び、便秘傾向があり、肩こり気味で生理不順・強い生理痛などがみられることが多いものです。このタイプには桃核承気湯(とうかくじょうきとう)や大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)などが用いられます。お血も強い事が多いタイプです。ただし、これらの処方は妊娠が確認されたら中止し、処方を変更する事が必要です。
 
 中間証タイプでは、体力は普通程度あり、頭重・肩こりなどもしばしば認められ、生理不順や強めの生理痛などもおこりがちで、やや便秘傾向があることも多いものです。ストレス過多な場合もあります。処方としては桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、折衝飲(せっしょういん)などを使う事が多く、ストレスが多いと加味逍遥散(かみしょうようさん)なども使います。お血の傾向もよくみうけられます。これらの処方も妊娠が確認されたら中止し、処方を変更する事が必要です。
 
 虚証タイプでは冷え性の傾向が強く、疲れやすく体力があまりない、肌色が白い、痩せているかポチャポチャっと太り気味、などがよくある体質傾向で、不妊症にも多いタイプです。漢方薬では当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)をよく用いますが、胃腸の弱い方は当帰建中湯(とうきけんちゅうとう)などを使うと良い事があります。虚証タイプではお血もしばしば認められますが、それにもまして血虚の状態が問題になります。尚これらの処方は妊娠が確認されたのちも引き続き服用でき、つわり治療や流産予防剤としても使います。
 
 又、最近の研究で生薬の芍薬に女性ホルモン様の成分が含まれる事が判り、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう・本来は鎮痛薬として用いる)という芍薬と甘草の二種類のみからなる処方も、不妊治療に好成績があがるという研究報告があり、体質にあまりこだわらず使われるようになりました。
 
 以上、ごく大雑把に処方を紹介しましたが、不妊症に用いられる処方はまだ多種類あり、上にあげたものはそのごく一部です。ご自分に合っているかどうかの判断は、やはり漢方の専門家に相談して、その上で処方を選んでもらいましょう。
   

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